研究項目A班:精密高分子の創出
研究項目A班『精密高分子の創出』においては、精密高分子医薬の基盤となる『構造が規定された高分子・オリゴマー』を精密に合成・単離・分析する技術の確立を目指す。これまで医薬とすることが難しいと考えられているアクリレート系高分子や合成の難しさから医薬品の開発が遅れている糖鎖、さらにこれらを組み合わせた糖鎖高分子を中心に、合成技術を進化させる。ポリエステル、ポリシロキサン、人工ペプチド(ペプトイド等)、人工核酸、などの合成高分子については、公募研究により推進する。その際、旧来の分布を持つ高分子ではなく、構造、機能が一義的に定まった高分子を合成する技術を中心に導入する。同時に、モノマーユニットの直鎖配列だけでなく、分岐構造や環状構造を有する高分子の合成方法も開拓する。また、大規模なライブラリーを構築する最先端のクロマト分離・分取技術やここから得られる質量分析、NMR、X線構造解析等のビックデータを活用して創薬標的分子に対して強く結合する精密高分子を短期間で選出するために技術開発を行う。令和7年から精密高分子のライブラリーをB班、C班、D班に提供し短期間で疾患の原因となるタンパク質を強く認識し、その機能を中和可能な精密高分子を分取・分析・構造同定する。
計画研究 A01 精密合成高分子を基盤とした次世代創薬モダリティーの創出
- 研究代表者:星野 友 (九州大学、教授、高分子化学)
- 研究分担者:角田 佳充 (九州大学、教授、構造生物学)
- 研究分担者:後藤 雅宏 (九州大学、教授、創薬工学)
- 研究分担者:川口 喜郎 (九州大学、助教、タンパク質工学)
- 研究分担者:永井 薫子 (九州大学、助教、高分子化学)
本研究では、様々な官能基を有する汎用性のモノマーを制御ラジカル重合し、クロマト技術を駆使して組成・配列・構造の差異により分離することで精密高分子のライブラリーを作成する。相互作用スクリーニングにより疾患原因タンパクに強く結合する精密高分子を同定し、組成、配列を決定する。構造生物学的な実験手法を駆使して、精密高分子と標的タンパク質の共結晶や精密高分子・抗体複合体の共結晶を取得し、世界で初めての精密高分子・タンパク質の複合体構造を明らかにする。また、B班と共に機械学習、計算化学により精密高分子を設計し、精密高分子の公開データベースを構築する。またC班と共に分子進化工学を用いて精密高分子に結合する核酸、ペプチド、人工抗体リガンドを取得する。続いて得られたリガンドに対して精密高分子を高速進化させる。本プロセスを繰り返し、互いに強く認識する精密高分子・ペプチドペアを共進化させる。最後に標的タンパク認識配列を有する精密高分子の大量合成法を開発しD班と共に動物実験により精密高分子による疾患治療を実証する。併せてD班に精密高分子ライブラリーを供給し毒性・動態試験により精密高分子の組成と安全性の関係を一般化する。
計画研究 A02 精密糖鎖合成を基盤とした次世代創薬モダリティーの創出
- 研究代表者:高橋 大介 (慶應義塾大学、准教授、有機合成化学)
新たな耐性菌の発現や既存の医薬品の副作用の問題は世界中で多発しており、創薬シーズになりうる化合物群 (ケミカルスペース) の概念を広げる必要性に迫られている。このような背景の中、「構造多様性と複雑性」を兼ね備えた糖鎖は次世代創薬モダリティーとして期待されている。しかし、この「構造多様性と複雑性」のために糖鎖の化学合成は困難であり、新規糖鎖医薬品の開発が遅れているのが現状である。このような背景の中、申請者らは新しい糖鎖合成手法である「ホウ素媒介アグリコン転移(BMAD)法」などを開発し、複雑な構造を有する種々の生物活性糖質や硫酸化糖鎖ライブラリーの合成に成功している。本研究では、抗がん活性や抗菌活性、抗ウイルス活性などを発現する新規糖鎖リガンドの創出と見出した糖鎖リガンドを精密合成高分子上に集積化した精密糖鎖クラスターの合成による新規糖鎖医薬品リードの開発を目的として行う。
計画研究 A03 精密トポロジー設計技術を基盤とした次世代創薬モダリティーの創出
- 研究代表者:長尾 匡憲 (九州大学、助教、高分子化学)
糖鎖は細胞表面の様々なレセプタータンパク質との相互作用を介して免疫などの重要な生体機構に関与しているため、標的と強く選択的に結合する多価的な糖鎖材料は新たな医薬開発につながる。分子間の相互作用はギブズの自由エネルギーの式(∆
G = ∆
H −
T∆
S )で説明でき、生体分子を標的とする分子設計はこの右辺におけるエンタルピー項の増強またはエントロピー項の抑制に帰結する。抗体は認識ドメインが標的の構造と極めてよく合致することにより、強い affinityを獲得している。一方、糖鎖のように一般的にaffinityが弱い分子群では、その官能基を多価的に提示することで相互作用の増強 (avidity) を獲得している。近年、研究代表者である長尾は糖鎖をもつ高分子のトポロジー (線形、星型、環状構造) の違いにより相互作用におけるエントロピーを制御できることを見出した。
本研究ではコレラ毒素タンパク質を標的とし、環状構造をもつ合成糖鎖高分子の作製を目指す。標的であるコレラ毒素Bサブユニット (CTB) がもつ5か所の結合部位に対し、局所的に強いaffinityを示す糖鎖オリゴマーをまず合成する。続いてそれらをコンホメーションエントロピーの低い環状高分子の足場を通じて多価的に提示する。空間的に有利な位置にオリゴマーを提示することで上述の∆
H を稼ぎつつ結合に伴う分子のエントロピー損失を抑制する (= avidityの獲得)。糖鎖オリゴマーは計画班A1と共同で作製し、コレラ毒素を用いたマウス実験はD3班との共同研究により達成する。
計画研究 A04 精密分離精製プロファイリングシステムを基盤とした次世代創薬モダリティーの創出
- 研究代表者:馬場 健史 (九州大学、教授、分析化学、オミクス)
精密高分子の合成においては、多種の類縁体が生成するためそれらの精密な分離、精製ならびに構造解析が必要になる。これまでに構築してきた各種クロマトグラフィーによる分離、精製および質量分析をベースとした構造解析の技術を駆使することにより、合成により得られる精密高分子の分離、精製に取り組むとともに、精密高分子のプロファイリングシステムの開発を行う。具体的には、A01-03班にて合成された精密高分子を超高速液体クロマトグラフィー(UHPLC)、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)により分離し、大部分をフラクションコレクターにより分取するとともに、一部分を高分解能質量分析計に導入し MS/MS分析等により構造情報を取得する。高度に分取精製されたそれぞれの精密高分子は機能解析を実施する領域グループに提供する。また、合成された精密高分子のプロファイル情報をA01-03班にフィードバックし合成ストラテジの開発、改良をサポートする。
研究項目B班:精密高分子のデータ駆動進化システム創生
研究項目B班『精密高分子のデータ駆動進化システム創生』においては、機械学習や計算科学を駆使して、データ駆動で精密高分子の構造や機能を進化させる。例えば、深層学習モデルを用いた構造予測(AlphaFold2, AlphaFold3, RoseTTAFold All-Atom等)や、ドッキングシミュレーション(AutoDock, Rosetta)、分子動力学シミュレーション(AMBER, GROMACS)など最先端のタンパク質データ科学的手法を用いて標的タンパク質と強く結合する精密高分子を合理的に設計することにより、精密高分子医薬の創出を目指す。また、LC-MS/MS、CD、VCD、NMR、X線結晶構造解析のデータ及びDFT計算により、精密高分子の構造決定法を開発する。さらに、マテリアルDXプロジェクト(京都大学拠点)で構築している合成高分子のデータベース構築のノウハウを利用し、当該領域で生まれる精密高分子のデータベースを構築すると共に任意の抗原を対して強く結合する精密高分子を自在に設計する手法を開拓する。
計画研究 B01 タンパク質データ科学に基づく精密高分子医薬の合理的設計
- 研究代表者:新井 宗仁(東京大学、教授、生物物理学・タンパク質工学)
- 研究分担者:大岡 紘治(東京大学、特任助教、タンパク質物理学)
多くの疾患にはタンパク質が関与するため、精密高分子医薬の開拓には、タンパク質と強く結合する精密高分子の設計が必要である。また近年、タンパク質データ科学が急速に発展している。そこで本研究では、精密高分子をタンパク質のリガンドと捉え、最先端のタンパク質データ科学的手法を用いて標的タンパク質と結合する精密高分子を合理的に設計することで、精密高分子医薬の効率的な創出を目指す。まず、B班内で連携し、深層学習モデルや物理学ベースの手法、及び我々が開発した画期的な物理学理論等を用いて、精密高分子と疾患関連タンパク質の結合親和性を迅速に予測可能なパイプラインを構築する。次に、領域全体と連携して、DBTL(Design–Build–Test–Learn)サイクルによる精密高分子医薬の合理的設計を多様なターゲットに対して行う。以上により、精密高分子医薬のデータ駆動型設計法を確立する。
計画研究 B02 ポリマーインフォマティクスのためのデータベース構築
- 研究代表者:内藤 昌信(物質・材料研究機構、副センター長、高分子材料科学、機械学習)
効率的な材料探索には、データ科学とハイスループット合成を融合したポリマーインフォマティクスの活用が有効である。本研究では、A班およびB班で得られる精密高分子のメタ情報および生データを集約し、NIMSの持つ高分子データベースやマテリアルDXの高分子DBを活用したポリマーインフォマティクスの適用を検討する。具体的には、NIMSが有する自動合成装置を使って重合時のモノマー組成、合成条件を変えてライブラリーを大規模化し、NIMSが開発した機械学習ツールDICEを有効に活用することで、本プロジェクトの成果の公開DB化を進める。
計画研究 B03 計算科学と分光学による高分子のコンホメーション分析・予測・制御法の創出
- 研究代表者:谷口 透 (北海道大学、准教授、計算科学・分光学)
高分子医薬と標的生体分子は誘導適合 (induced fit) によって相互作用する。高分子鎖は単独では多様なコンホメーションをとりうるため、誘導適合による一つのコンホメーションへの収束はエントロピー的に不利な過程である。したがって薬効の高い高分子の創出においては高分子のコンホメーションをよく理解するとともに、標的と結合しやすい構造へと制御する技術が求められる。しかし構造解析・予測・制御法が確立しているペプチドやタンパク質と異なり、合成高分子に対する方法論は無くその構造の分析でさえも困難である。本研究では計算科学と分光学を駆使し、合成高分子の液中コンホメーションを正確に分析する方法論を確立し、構造を予測・制御する指針を創出する。溶液中での高分子の構造分析は、赤外円二色性(VCD)、ラマン光学活性(ROA)、CD、NMRなどの実験スペクトルと理論計算スペクトルの比較に基づいて実施する。高分子構造への計算科学(DFT、QM/MM-MD、
ab initio MDなど)の信頼性を確立した後に、これらの計算科学によって新たな高分子の構造を予測し望みのコンホメーションへと制御する設計指針を提唱する。
研究項目C班:精密高分子の共進化システム創生
研究項目C班『精密高分子の共進化システム創生』においては、A班より疾患の治療薬となる可能性のある精密高分子を入手し、ファージディスプレー法(澤田)、SELEX法(吉本)、TARP提示法等(村上)を用いて本精密高分子に結合するペプチドや核酸アプタマー、人工抗体を取得する。得られたアプタマー、抗体に対してA班より提供される精密高分子ライブラリーを再度スクリーニングし、その結果得られた精密高分子を標的分子としてより強く結合するアプタマーを選定する。本プロセスを繰り返すことでお互いを非常に強く認識する精密高分子とアプタマーのペアを作成する。更にBLAST検索により本アプタマー配列を有するタンパク質や遺伝子の情報を入手し、B班、D班と協力して精密高分子を用いた新たな疾患の治療に応用できないか検討する。また、A01班より疾患の治療薬となる可能性のある精密高分子ライブラリーを入手し、これを核酸、ペプチド、タンパク質とコンジュゲートする技術を開発する。さらにDNAタグで標識された精密高分子ライブラリーから標的タンパク質に強く相互作用する高分子を選抜しそのDNA配列をPCRにより増幅することで標的タンパク質と強く相互作用する精密高分子を同定する技術を開発する。
計画研究 C01 精密高分子と核酸との共進化と創薬
- 研究代表者:吉本 敬太郎 (東京大学、准教授、核酸化学)
- 研究分担者:冨田 峻介 (産総研、研究グループ長、分析化学)
本C01班では、精密高分子の薬剤モダリティーとしての潜在能力を極限まで引き出すための
精密高分子の分子進化工学的選抜システムの構築を目的とする。具体的には、計画班Aグループの協力のもと精密高分子または糖鎖分子にタグとして二重鎖核酸を修飾した精密高分子-核酸コンジュゲートを作製し、独自の分子分離技術 MACE 法を導入したオリゴマー-核酸タグ分子のアフィニティー選抜系を適用することで、下図に示すような標的分子に対して高い結合親和性をもつ精密高分子を迅速かつ高効率にスクリーニングするシステムを構築する。また二重鎖核酸を分子認識型核酸 (アプタマー) に置き換えることで獲得できる
多価結合性高分子群を “センサー素子” として利用する診断法の構築を試みる。分子認識能をもたない合成高分子群を用いて構築した Chemical Tongueセンサーの成果を最大限活用し、計画班D02が専門とする各種血液凝固異常症患者の迅速検査へと展開する。さらに、D班と連携し、血液凝固関連疾患に対する近接誘導型の新規治療薬の開発も並行して行う。
計画研究 C02 精密高分子に高親和性をもつペプチドの共進化システムの創生
- 研究代表者:澤田 敏樹 (東京科学大学、准教授、ペプチド工学)
精密高分子はその配列や構造が制御されているものの、従来の高分子と比較すると分子量が極めて小さくなるため、医薬応用に十分な親和性や特異性を発現することが困難になると懸念される。本計画研究では、計画班A1が作製する精密高分子に対して高い親和性をもつペプチドを分子進化工学法によりスクリーニングし、精密高分子が生体分子に対して示す親和性や特異性の潜在性を明らかにする。得られる配列や構造情報をA01班に提供し、精密高分子の更なる進化に寄与する。この際、A02班、A03班が作製する糖鎖を含む精密高分子も同様に標的とする。B01班との連携により、データ科学を基にしたアミノ酸配列の最適化も検討する。多数の精密高分子とそれに高い親和性と特異性をもつペプチドの組合せを多数同定し、精密高分子-ペプチド複合体の構造を詳細に解析することにより、精密高分子による標的分子の認識機構を分子論的に明らかにし、重要な因子を見出す。得られるペプチドのアミノ酸配列情報をBLASTなどのビッグデータと照合し、D班と共に特性の精密高分子が標的とすべき疾患関連分子を同定し、疾患治療の実証を達成する。
計画研究 C03 精密高分子に結合する人工抗体の創製
- 研究代表者:村上 裕 (名古屋大学、教授、タンパク質工学)
精密高分子とタンパク質の相互作用様式を明らかにするため、計画班Aが作製する精密高分子に対して、進化分子工学的手法を用いて人工抗体を取得します。10兆種類の多様性をもつ人工抗体ライブラリーを用いることで、多様な人工抗体の取得が可能であると考えられます。これにより、計画班Bによる精密高分子と人工抗体複合体の構造予測と組み合わせることで、精密高分子とタンパク質の相互作用に関する多くの知見が得られます。さらに、計画班C2で得られたペプチド配列と比較することで、タンパク質骨格が構造を規定する際に、相互作用様式にどのような違いが生じるかを明らかにします。また、精密合成糖鎖に対しても同様の手法を用いて人工抗体を取得し、糖鎖構造との相互作用についても研究を行います。
研究項目D班:精密高分子の医薬応用
研究項目D班『精密高分子の医薬応用』においては、A班より疾患治療の標的タンパク質に結合する精密高分子を入手し、A班と協力してこれを複数組み合わせたナノ粒子(リポソーム、ゲル粒子等)を作成する。さらに細胞実験や動物実験により精密高分子による疾患治療を実証する。最初の対象疾患については、申請者等がランダム共重合したナノ粒子を用いた予備的検討で治療できることを実証済みの敗血症(
Nat. Commun., 5552, 2021)、血液凝固疾患、感染症、網膜硝子体疾患および癌(
Nat. Chem., 715-, 2017、
J. Contl. Release., 13-, 2019)を対象とする。疾患治療に先立って、A班から様々な組成の精密高分子ライブラリーを入手し、細胞毒性や体内動態の試験を行う。本結果より精密高分子の電荷や新疎水性の組み合わせあるいは分子量が毒性・動態に及ぼす影響について一般化する。また、BLAST検索によりA03班より提供されたペプチド配列を有するタンパク質や遺伝子の情報を入手し、A03班と協力して精密高分子を用いた新たな疾患の治療を検討する。
計画研究 D01 がん治療を可能とする精密高分子医薬の開発
- 研究代表者:小出 裕之 (静岡県立大学、准教授、薬物送達学)
- 研究分担者:浅井 章良 (静岡県立大学、教授、創薬科学・腫瘍薬学)
- 研究分担者:福田 達也 (和歌山医科大学、講師、薬物送達学)
- 研究分担者:紅林 佑希 (静岡県立大学、助教、糖鎖生物学)
- 研究分担者:寺岡 文照 (広島国際大学、講師、有機合成化学)
生体内で標的分子に強く結合し、その機能を中和する合成高分子は次世代の医薬品として大いに期待されている。我々は、複数の機能性モノマーを組み合わせラジカル重合することで、生体内で標的分子を中和する合成高分子ナノ粒子「プラスチック抗体」を開発し、がんや敗血症、脳梗塞において高い治療効果を示してきた。しかし、これまで開発してきたプラスチック抗体は、モノマー配列や鎖長が不均一という課題に加えて、投与後は臓器に長期間残存するという課題がある。そのため、合成高分子医薬品の実現には、完全に構造が規定された精密高分子開発が必要不可欠である。D01班ではA〜C班から生み出される精密高分子を薬物送達キャリアである脂質ナノ粒子(LNP)に搭載し、動物実験モデルでのがん治療を実証することで、精密高分子医薬を開発するプラットフォーム技術の有効性を証明する。
計画研究 D02 止血異常症・血栓症に対する精密高分子を用いた治療方法の創出
- 研究代表者:嶋 緑倫 (奈良県立医科大学、医学部長・血栓止血研究センター長、血栓止血医薬生物学、止血血栓学)
- 研究分担者:野上 恵嗣 (奈良県立医科大学、教授、小児科学・血栓止血医薬生物学、小児科学・止血血栓学)
- 研究分担者:辰巳 公平 (奈良県立医科大学、准教授、血栓止血先端医学・血栓止血医薬生物学、止血血栓学)
- 研究分担者:坂田 飛鳥 (奈良県立医科大学、診療助教・特任助教、輸血部・血栓止血医薬生物学、止血血栓学)
血栓形成は、出血時の失血を防ぐ生体の防御反応である。血栓が不十分だと血友病などの止血異常症を引き起こし、過剰だと血流を阻害し血栓症を発症する。そのため、血栓を形成する因子(血栓性因子)と抑制する因子(抗血栓性因子)は、天秤のようにバランスをとっている。
近年、血栓症および止血異常症の治療は大きく進歩した。血友病では、従来の静脈注射による凝固因子補充療法に加え、凝固因子の機能を模倣する抗体療法や、抗血栓性因子の機能を低下させる治療が登場した。しかし、非凝固因子製剤は本来の凝固因子機能には及ばず、抗血栓性因子の調整も生体の本来のバランスを完全に回復させるには至っていない。そのため、治療を受けている患者が非血友病者と同等の日常生活を送ることは依然として難しい。
精密高分子を用いることで、より正確な凝固因子機能の模倣や、血栓性因子・抗血栓性因子の時空間的制御が可能になれば、止血異常症や血栓症の治療におけるブレイクスルーとなる可能性がある。
本研究では、生体内の血栓形成能を忠実かつ多面的に評価できる独自のハイスループットin vitro評価系を用い、A班が開発した精密高分子のスクリーニングを行う。また、in vivoイメージングを用いた評価手法で、体内で形成される止血血栓と病的血栓を可視化解析し、薬効と副作用を検証する。本in vivo評価系は、組織内で起きた出血の止血に活性化血小板に依存せず血管外で進行する凝固反応が重要であるということを明らかにした(Commun Biol. 2025 Mar 8;8(1):390.)手法を基盤としている。正確な止血メカニズムの理解は、治療効果の高い止血異常症治療薬や、出血リスクの低い血栓症治療薬の開発に不可欠である。さらに、本評価系は新たな治療標的の探索にも活用できると考えている。
計画研究 D03 多価効果を基礎とした高分子マイクロ微粒子による感染症の防除
- 研究代表者:三浦 佳子 (九州大学、教授、高分子化学)
- 研究分担者:小椋 義俊 (久留米大学、教授、感染医学)
- 研究分担者:桑原 知巳 (香川大学、教授、分子微生物学)
生体はリガンドとターゲットの多価的な相互作用によって、特異的で強い分子認識を達成している。このような多価効果はあらゆる生体分子認識の基本的な増強作用となっている。そのため、効果的にターゲットを捉える人工分子の設計には多価効果を発揮させる精密な、ナノの反応場の設計が必要になる。本研究では、感染症をターゲットとして、これを防除する合成高分子、高分子粒子の開発を行う。
近年のコロナウイルス感染が記憶に新しいが、感染症は有史以来、人類の生命を危ぶむ疾病であり、その防除は重要である。感染症病原体は外在性であることから、口腔、消化管などのex vivoが感染の場になる。逆に、これらはin vivo空間とは異なることから合成高分子を作用させた実績が多く、生体安全性に対する懸念も少ないことから、本研究で設計する精密な高分子多価リガンドを発現させるには適している。生理活性糖をはじめとする特殊リガンドを開発して、病原体を捕捉する高分子の設計を行う。合成高分子の多価効果に基づき、病原性細菌(病原性大腸菌、腸内細菌叢関連細菌など)、その産生タンパク質をターゲットとし、これらを効果的に捕捉、相互作用の阻害を行い、防除する。精密な構造を有する合成高分子に基づいて、感染症に対する全く新しい高分子医薬及び治療法を開発する。
計画研究 D04 加齢黄斑変性に対する精密高分子を用いた治療方法の創出
- 研究代表者:石川 桂二郎 (九州大学病院 眼科 講師)
- 研究分担者:吉田 茂生 (久留米大学医学部 眼科学講座 教授)
加齢黄斑変性は、世界の主要な失明原因であり、超高齢化社会において患者数は増加し続 けている。加齢黄斑変性は進行すると重篤な視力障害を引き起こす。近年では第二世代の治療薬 (VEGFとAngiopoietin2) に対してそれぞれ2つの抗原結合部位を有するバイスペシフィック抗体が臨床応用された。投与間隔を延長できることが期待されたが未だに解決できていない。線維瘢痕化への効果が不十分であること、国外で行われている抗体生成に伴う高いコストも課題となっている。精密高分子を用いてより正確なVEGF阻害すると同時に、線維瘢痕化の促進因子であるペリオスチン阻害をも実現できればこの課題を解決できる可能性がある。加齢黄斑変性には、モデル動物としてレーザー誘導脈絡膜血管新生モデルがあり、マウスの眼内にヒトと類似した病変を人工的に作成することができる。候補分子を眼内に注射し、経時的に新生血管や瘢痕組織の容積を定量化し、薬効評価を行うことで、眼科診療のアンメットニーズを克服する精密高分子医薬の創出を目指す。